【超会議2017】『花街詞合鏡』歌舞伎ファンがひも解く超歌舞伎!

超歌舞伎2017

超歌舞伎第2弾『花街詞合鏡』歌舞伎ファンだからこそ気づいた面白さを好き勝手に超解説!

きつね

昨年のニコニコ超会議2016で演じた超歌舞伎『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら、以下『千本桜』)』は、最新のAR技術を使った歌舞伎とボカロキャラクターの融合というこれまでにないスタイルが大きな話題となり、国内唯一のデジタルコンテンツ表彰式である「Digital Contents of the Year/第22回AMDアワード」にて大賞/総務大臣賞を受賞。エンターテインメント業界に大きな功績を残した作品となった。

その超歌舞伎の第2弾である『花街詞合鏡(くるわことばあわせかがみ、以下『花街詞』)』がニコニコ超会議2017で開演。『花街詞』は、超歌舞伎のために創作された完全新作の歌舞伎だが、歌舞伎ファン目線からみると、名作と呼ばれる歌舞伎の代表的な場面がいくつも詰まった見どころのある演目に仕上がっていた。ここでは、普段歌舞伎をみない方にもわかるように、みるべきおいしいシーンを紹介しながら超歌舞伎の魅力をお伝えしたいと思う。

ミク

花魁姿も似合うミクさん。クライマックスの台詞には、吉原ラメントからの歌詞もちりばめられていた。

~あらすじ~
処は吉原、花の街。華やかな花魁道中が通り過ぎる後ろ姿を、そっと見送る町娘、未来(ミク)。彼女もまた、この花街で生きてゆく定めを背負ったひとりだった。

時は遡り、古の昔……。世の憎悪をあつめ、己が力とした青龍。その青龍から世を守らんと立ち向かい、激闘の末討ちとった白狐。しかし一度は白狐に調伏された青龍が再び、器を得て現世に蘇る。かつて刃を交えた因縁が、いま一度(ひとたび)!

というのが物語の導入部。
青龍、白狐と聞いてピンときた人もいるかもしれないが、『花街詞』は『千本桜』の続編の作りになっている。『千本桜』の白狐と青龍の再対決に絡めて、華やかな廓で繰り広げられる恋の鞘当て。もちろん、前作を見てなくても独立した物語として十分楽しめるようになっている。

『花街詞』の主な登場人物は『千本桜』で活躍したお三方。悪役ながらひたすら渋く、時に悲しさも感じさせる蔭山新右衛門=青龍に澤村國矢さん。正統派色男、初音太夫の懸想相手である八重垣紋三=白狐に中村獅童さん。そして当代一と音に聞こえた傾城初音太夫に初音ミクさん=ボーカロイドとなっている。
その他、傾城葛城太夫には、若手女形(おやま、と読む。歌舞伎では男性のみが役を演じる)で名高い中村蝶紫さん、仲居重音にはミクさんと同じくボーカロイドの重音テトさんを配する。

葛城

葛城太夫を演じた若手女形で評判の中村蝶紫さん。誰もが憧れる売れっ子の花魁だ。

重音屋

ボーカロイド出演2人目は、仲居の重音役を演じたテトさん。仲裁に入ると見せかけて、実は燃料投下に大活躍!

◆獅童さんもミクさんも貫録の存在感! テーマにはちょっとした引っかけが?

ボーカロイドは、パラメータ(入力した音の高さや音色)に沿って音声を出すだけの、電子の歌姫。中の人はいないから、まさか話すはずもない……。そう思っていた時期が僕にもありました(ネット死語)。ところが、ミクさんは恐ろしいスピードで進化し、マジカルミライ、ミクの日感謝祭、鼓童コラボなどなど、様々なイベントで経験を積みながら洗練されていき、現在ではとてつもなく滑らかに話すようになった。
流ちょうに話すだけではない。超会議のスペシャルスポンサーでもあるNTT様(屋号は電話屋)の超立体映像技術により、舞台上に実体といえるほどの存在感を持ったミクさんが登場。歌舞伎に興味あろうがなかろうが、これだけでもみる価値十二分にアリ!
吉原

中村獅童さんは去年に引き続き2回目の超歌舞伎とあって、ARとの絡みもこなれてきた印象。「そこにいない相手」との芝居は、特撮に対応し慣れた映画俳優であってもかなり難しいもの。ましてやその相手がリアルタイムの実体として観客に見えている超歌舞伎。相当に厳しいはずの掛け合いを、隙のない美しさでこなしていく獅童さん。いよっ、千両役者!

「今回のテーマは吉原です」と聞けば「ははぁ、前回は『義経千本桜』で、今回は『籠鶴瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ、以下籠鶴瓶)』ですか~」と、歌舞伎ファンなら思ったはず。ところが、冒頭でも述べたとおりフタを開けてみると『花街詞』は完全なる新作歌舞伎。籠鶴瓶の登場人物である栄之丞も次郎左衛門も権八も出てこない。『千本桜』は、初音太夫は静御前、獅童は狐忠信、という看做しができて楽しかったけれど、『花街詞』はどうやっても籠鶴瓶とは全く重ならない。
その代わり……至るところに歌舞伎の「美味しいシーン」が盛り込まれ、見どころだらけのジェットコースターのような、ある意味贅沢な歌舞伎が楽しめた。

◆導入部から観客を引き込む獅童さんに感服。大がかりな仕掛けの連続に大満足!

襲名披露であれ、季節ものであれ、役者の姿をみたくて劇場に足を運ぶ客は口上を楽しみにしている。これを聞くことで、観客はワクワク感をくすぐられて、イントロから超アガるわけだ。前回と同様、獅童さんもミクさんもきちんと口上を述べ、演目に花を添えてくれる。獅童さんは、歌舞伎に慣れていない観客のために、掛け声で使う萬屋や紀伊国屋、初音屋といった屋号の紹介をしただけでなく、「NTT様は電話屋でございます」と笑いをとりつつ観客の心を鷲掴み。
ひとつだけ言わせてもらえるなら。せっかくテトさんがここまで出世したのだから口上にも登場して欲しかった……。そうなればボカロファン的にも完璧な顔見世興行になったかも……。まぁ、それは次回以降のお楽しみにとっておくことにしよう。

『千本桜』に比べてキャストも増えた『花街詞』。かわいい禿(かむろ)を連れた花魁道中、花道から登場時のお付きの侍、そして物語の各所で大量の黒子が舞台を駆け回り、まさに超がつく迫力の内容。ARで用意することもできると思われるが「普通の芝居」にARキャラが紛れ込むという組み立てのほうが、より「融合感」が高まって良いと感じる。

客席の通路を花道に見立てたのも面白い。実際の芝居でもそういう演出があるが、たまたま通路席にいたりすると役者との距離の近さに驚く。通り過ぎる役者の空気に観客は嬉しくてゾクゾクが止まらない。花道が二本あると、どっちを向いていいかわからず慌ててしまうかもしれないが、そこは超歌舞伎。カメラがばっちり役者を追うので、細かい表情もすべてみられて、落ち着いて場面を楽しめる。

花道入場

客席の上手下手から登場する2人。廓で遊ぶなら一人で行動するのが粋というもの。伊達男の紋三に比べ、付き人を従えて登場する新右衛門は野暮にみえても仕方がない?

第三場、恋敵である新右衛門と紋三の丁々発止。歌舞伎の色恋沙汰では必須ともいえる演出で、台詞や細かい動きの掛け合いに心が躍る。この一触即発の状況に、割って入るのが仲居の重音(重音屋さん、初興行で大抜擢!)。世話役の顔を立てて、表向きは和解するかに思われた両人だが……。もちろん、これでは終わらず!
彼女が2人に持ち込んだ文は、かたや愛想尽かし、かたや恋文。お互いにアオり台詞を交えながら、逐一の見得切り。粋さにシビれる名シーンだった。盃に見立てた扇の投げ合い、返杯するくだりはツケ(朴を打ち合わせる音)に合わせてちょっとした手品。まるで本当に投げているようで面白いのだが、いまだにネタがわからない。悔しい。
さて、禿に手を引かれて紋三は颯爽と退場。忌々しくその姿を眺め、怨嗟の台詞を吐く新右衛門。このあとの波乱を予感させずにはおかない……。物語はラストの盛り上がりに向けて急速に加速していく。

初音太夫が待つ吉原の遊郭へ紋三が訪れると物語も佳境。そこへ嫉妬に駆りたてられた新右衛門が大勢の手下とともに乗り込み、もう待ったなし! 大がかりな殺陣が始まる。バタバタのツケをたっぷり被せて盛り上げつつ、息もつかせぬ怒涛のキメ場所。これぞ歌舞伎といえるシーンだ。

ARバトル

電話屋さんの演出が光るド派手な分身同士の立ち廻り。細部まで映し出したバーチャル映像で行われる分身同士の斬り合いが熱い。

今回の殺陣はいくつかのシーンにわけられている。二階舞台を効果的に使った屋根の上の立ち廻りは『白波物』の捕物を思わせるし、そうみれば赤を効かせた衣装も弁天小僧風。梯子の所作は『神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)~め組の喧嘩~』あたりか。一階部分に幕を張って高さを強調し、二階舞台から落下して縦の動きをみせるのもダイナミックに場を盛り上げる。
ベテランのメイン2人が切り結ぶのはもちろん、黒子が大勢動く場面は歌舞伎ならではの迫力。そこにARでのエフェクトがバンバン被さってくるのが超歌舞伎。究極のケレン味といったところで、江戸時代にこの技術があったら、きっと黙阿弥や西鶴といった歌舞伎作家たちも駆使したに違いない!
2人戦い

これでもかと暴れた後、だんまり(江戸歌舞伎発祥の舞台演出、スローモーションの動きを指す)がまた良いタイミングで入る。大詰の街の炎上からの初音太夫の見せ場は、もう鳥肌涙目ものだ。
建物全体が壊れるような演出は、歌舞伎では「屋台崩し」と呼ばれ、非常に大掛かりで上演される機会もそうそうない。これを映像でみせられるのは、ARならではの大きな利点だろう。

だんまり演出

ゆっくりとした動きで時間の流れを伸ばしてみせるだんまり演出。AR演出で臨場感たっぷり。

◆ニコニコ的な盛り上がりが最高潮で幕引き!

ラストにユーザーの言の葉の力で状況を収めたのち、ライブ風に会場を盛り上げ、青龍ののど元を捉えた白狐。コメントを使って世界から力を集めることで視聴者の思いが頂点に達し、紙吹雪が舞う会場も獅童さんのアオりで最高潮! アリーナも総立ちの回があったほどの大盛り上がりのなか大団円。まさに超歌舞伎らしい終幕といえたのではないだろうか。
音楽に関しても、ジャズ風にアレンジされた「吉原ラメント/亜沙」が使われ、盛り上げに一役買った。和楽器にこだわらない自由な楽調も、超歌舞伎ならではといえるだろう。

最後に『花街詞』のキャッチコピーである「愛したのは、向こう側の人でした。」について触れたい。あくまで個人的な見解になることを先に述べておく。
花街に生きる花魁は所詮は籠の鳥。たとえ身請けの話が出ても、それは場所が廓から妾宅にうつるだけのこと。籠から出られない彼女が憧れた自由な紋三は、自分が絶対にいけない側=向こう側、の人だったのだろう。そういう自らの運命をわかっているのに、それでも紋三に恋してしまった傾城初音太夫。その悲哀をみせる第二場は、ミクさんの切ない台詞としっとりした踊りで、とても美しい一幕に仕上がっていた。

そして、スタッフロールのあとのもう一幕。

キャッチコピーが表示された後には、誰もいない画面の中の世界。初音太夫の変わり身として作中で使われた蝶が画面を横切る。すると、ARデータの青い網だけが残り……。つまり、こちら側/向こう側は、現実とARという「超えられない壁」の意味でもあるのではないだろうか。いや、こちらなのか向こうなのか。合わせ鏡の実体はどちらなのだろうか……と考えを巡らせていくと、今回のストーリーの落とし方の意味もなんだかわかってくるような気がする。

◆超歌舞伎の楽しみを広げるような成長にも期待!

ラスト

役者とARとの絡みの熟練度が増すにつれて、みていて本当に気持ちのよいエンターテイメントに仕上がってきた。会場では、掛け声のタイミングの要を担う「大向」を思わすような掛け声を投げる方もみられるようになった。「隅から隅まで、ずずいと~」の絶妙な間で声を投げたりと、観客も慣れていない状態で発端を担ってくれるのは素晴らしいことである。まだ掛け声がわからない、間違ったら……と思ってしまう方は、ぜひ彼らの声に反応して、遠慮なく続いて欲しい。歌舞伎は「声を出して参加する」のも魅力のひとつなので、このノリ方が浸透してくると、より見ごたえと楽しみがいのある興行になっていくのは間違いないだろう。

超歌舞伎は、すでにniconicoユーザのみならず、純粋な獅童ファンや歌舞伎好きをも惹きつけることのできるエンタメ性と力量を兼ね備えたコンテンツに成長している。今後は、幕間があるような内容にまで発展させて、桟敷席で幕の内弁当をいただきながらみる、大御所のファンまで巻き込めるような展開をアツくあつく期待したい。
niconicoのみなさんも「言の葉の言の葉の~」からの弾幕! と同様、超歌舞伎の応援もぜひよろしくお願いします。

最後に、至極個人的な要望を……。去年今年と続いてきて、来年は獅童さんの色悪役を超歌舞伎でみてみたい。ミクさんを泣かす姿も、また絵になるはずだから。

禿

紋三の手を引き、愛らしくかぶりを振ってみせる禿。子役はアイドル的存在だ。

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