【開発者インタビュー】あなたはゲーム開発者・麻野一哉を知っているか? 【『仮面の勇者』前編】

あなたは麻野一哉という人を知っているだろうか?
麻野氏は、チュンソフト(現スパイク・チュンソフト)在籍時に『弟切草』『かまいたちの夜』『街』などのサウンドノベルシリーズや、『不思議のダンジョン』シリーズといった、ゲーム史の転換点となる作品の礎を築いたゲーム開発者。2002年にフリーランスとなり、現在もゲーム開発に携わり続けている。
そんな麻野氏が久々に前面に立って作り上げた作品が、スマートフォン向けRPG『仮面の勇者』だ。そこで今回は、麻野一哉氏と、本作プロデューサーの花屋雅貴氏にインタビュー。麻野氏のゲーム作りと、『仮面の勇者』プロジェクトについての話を伺った。

前編は、フリーになって以降の麻野一哉氏の活動と、『仮面の勇者』の成り立ちについて聞いた。
あの麻野一哉氏は、近年、こんなことをしていたのだ。

【後編:「『仮面の勇者』が目指した、スマートフォンに家庭用ゲームの味を持ち込むということ」はこちら】

仮面の勇者
仮面の勇者

麻野一哉 (写真右)
ゲーム開発 『仮面の勇者』全体監修・シナリオ

花屋雅貴 (写真左)
株式会社コアゲームス 『仮面の勇者』プロデューサー

(敬称略)

◆開発者・麻野一哉の最近のお仕事

――まず、ごく個人的な思いからお伝えしたいんですが、僕は麻野一哉さんのファンなんです。そんな身からすると、勝手ながら、いまのゲームファンやゲーム業界は、麻野さんのことを本当に知っているのか?という思いが常にあるんですよ。

麻野 コメントしづらいな、それは(笑)。

――90年代においては、チュンソフトで、サウンドノベルの礎を作り、『不思議のダンジョン』の礎を作り、ファミ通のファン投票でもずっと一位だった名作『サウンドノベル 街 -machi-』(セガサターン用、1998年)を作った人なわけじゃないですか。なので、本当はもっとみんなに知っていて欲しいんですが、麻野さんご自身は、ここ最近、比較的静かな動きをされていました。
 ということで、まずは改めて、ここ数年の麻野さんがどんなことをされていたのか、というところから伺いたいのですが。

麻野 水面下ではいろいろやっていたんですけれど、自分がディレクションすることはずっとなかったですね。例えば、わりとガッツリやったところだと、PSPの『アナタヲユルサナイ』(2007年、AQインタラクティブ)や『銃声とダイヤモンド』(2009年、SCE)というゲームに関わりました。ただ、ディレクションというより、アドベンチャーパートのシナリオや文芸的な演出、セリフのリライトなどをしていましたね。

――『銃声とダイヤモンド』については、演出とシナリオ監修としてクレジットされていましたね。

麻野 シナリオライターさんは別にいたんですが、紙の媒体がメインの人だったので、ゲームに落とし込んだときに長くなりすぎたり、若干読みづらいところがあったのを、僕が調整させていただいたりしました。

――直近では、『ドラゴンクエスト モンスターパレード』(ブラウザゲーム。スマートフォン版は『ドラゴンクエスト どこでもモンスターパレード』。スクウェア・エニックス)のシナリオに参加されていました。

麻野 あれも僕がシナリオを書いたわけではなくて、やっぱりキャラ劇の演出やセリフを短く調整する役をやっています。全体のストーリープロットはスタッフみんなで考えるので、僕も参加してます。

――比較的、文芸サイドのお仕事が多かったんでしょうか。

麻野 昔からそうですね。ゲームのコアの部分については、そんなに手がけていないんですよ。『不思議のダンジョン』も、バランスを取ったり、アイテムの種類を考えたりするのはやりましたけれど、最終的なバランスなどは別の担当がいたので。

――サウンドノベルの場合は、文芸そのものがゲームシステムですね。

麻野 そうですね。だから、全部をやっていました。

――特にサウンドノベルの最初の三作、『弟切草』(SFC用、1992年、チュンソフト)、『かまいたちの夜』(SFC用、1994年、チュンソフト)、『街』については、文章を読むこととクリックして進めることが共通してはいるものの、ゲーム性自体はすべて違いますね。

麻野 サウンドノベルはリアクションがすぐに来るタイプのゲームとは違うので、そういう意味ではゲーム性にも関わったことになりますね。

仮面の勇者

◆ゲームの文芸部分を作るということ

――本来、ゲームの文芸サイドを担当されるのが本業という感じなんでしょうか。

麻野 結果的にはそうですね。別にそれを目指しているわけではないんですけれど。やっているうちに、そっちのほうが得意にもなっていくし、目立つのもあって、そういう仕事を頼まれるようになりました。
 ただ、よく「シナリオを書いてください」と頼まれるんですけれど、いつも逃げ回っています。今回の『仮面の勇者』でも、「絶対上手い人いるから!」と言ってたんですけどね。

花屋 監修だけにしてくれと(笑)。

麻野 書いてきたものをゲームに落とすときに最適化することはできるけれど、僕が書いてもどうせショボいから、と嫌がってたんです。……まあ結局書いたんですけど(笑)。とはいっても、もともと花屋さんが綿密なプロットを持っていたので、ゼロベースとも言えなくて。

花屋 あれやこれやと言いましたね(笑)。

麻野 ものすごくガチガチで長いのがあって、そのまま書くと、とても読める密度じゃない。もう三島由紀夫の『金閣寺』並みの密度(笑)。それをはしょって加工していったので、完全なゼロからではないです。

――麻野さんの活動としては、ゲーム以外にも、米光一成さん(編注:『ぷよぷよ』『バロック』などの作者)や飯田和敏さん(編注:『アクアノートの休日』『巨人のドシン』などの作者)との活動も、フリーになって以降ですね。

麻野 あれは完全に文芸の話ですね。本を読んで、その本をゲーム化するにはどうするの、みたいな本ばっかり出してました。(編注:三者で「ベストセラー本ゲーム化会議」「日本文学ふいんき語り」などの共著を出版。)

――他にも、先日は『Ingress』のイベントにも登壇されていました。

麻野 あれは……なんでしょうね(笑)。たまたま飲み会で知り合った人の旦那さんが「『Ingress』のイベントがしたい」と言って、飯田和敏も出るからとか言われて(笑)。

――いまでも『Ingress』はやっていらっしゃるんですか?

麻野 いまはね、ちょっと見せますね……。(と、カバンを探る)

花屋 これ、すごいのが出てきますよ。

麻野 『Ingress』を利用して、東京中のポータルを全部回りたいと思ったんですよ。(と、地図帳を出して)で、これで行ったところを全部塗ってて。

――うわ、地図帳が真緑に塗られてるじゃないですか!

仮面の勇者

麻野 緑軍なんで。

花屋 すごいわー(笑)。

麻野 新宿はもう全部行ったんですけど、それから四谷、千代田……。渋谷区はほぼ全部行って、世田谷区は広いのでまだ全部は行けてない。23区全部制覇しようと思ってるんですけど、まだ3分の1ですね。レベル上げとかは熱心にはやっていないので、そっちは大したことないんですけれど。

――踏破型のエージェントですね(笑)。

麻野 1万2000箇所くらいは回ってますね。このプレイスタイルが僕には一番合ってるんで。

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◆表に出ないフリー開発の仕事!?

――フリー以降のお仕事では、我孫子武丸さんとアドベンチャーゲームを作られる、という発表がありましたね。発表時のタイトルは『ALONE』でした。

麻野 『GUILD02』(3DS用、2013年、レベルファイブ)というソフトの一部として、出るには出たんですけれど、いろいろな経緯があって、パッケージじゃなくダウンロード型になりました。『宇宙船ダムレイ号』というタイトルで配信されています。

――要所要所では、ゲームにも数多く関わられているわけですね。実は、ひょっとしたら麻野さんはそれほどゲームに興味がなくなってきているのではないか、という勝手な心配もあるんですが。

麻野 それはないです。ありがたいことに、ひとつ仕事が終わると、次の仕事を頼まれて、それを受けているうちに何となく、という感じで続いてきています。
 ただ、フリーの方はみなさんそうだと思うんですけれど、企画がそれなりに進んでも、たいてい途中でなくなるんですよ。僕の印象だと、最後まで行くのは5〜6回に1回くらい。だいたい途中で、付き合っているクライアントさんが人事異動になったとか、会社が合併して担当者が飛ばされたとか、予算がどうのこうのとか、ちょっと待って下さいと言われてから音沙汰ないとかで消えます。

――そういうレベルから立ち消えてしまうこともあるんですね。

麻野 一応ギャラは発生して、仕事はしているけれど表には出ず、ということもありました。なので、(表に出たものは)ある程度軌道に乗ってから手伝いをしたものも多かったですね。

――そうすると、時期によっては商品の形で外に出るケースが少ないこともあるのかもしれませんね。

麻野 『銃声とダイヤモンド』や『アナタヲユルサナイ』の時期は、僕の名前を出すと、もしかしたら知っている人は買うかも、ということで出してもらったこともあるんですけれど。スタッフに元チュンソフト組も多かったので、空気感が似ている部分もあったかもしれません。

――お名前がクレジットされていた『DS湯けむりサスペンスシリーズ フリーライター 橘 真希 「洞爺湖・七つの湯・奥湯の郷」取材手帳』(DS用、2008年、ゼンリン)もそんな感じでしょうか。

麻野 『湯けむり』は全然別だったんですけれど、シナリオに『街』のスタッフが入っていたんですよ。女の子が痩せる話と、フランスの傭兵部隊の話を書いたふたりですね。たまたまディレクターさんが『街』のファンだったので、テイストを似せたいということで、ライターさんを紹介して、内容をちょっとだけ見させてもらった程度です。バカゲーで大好きですけどね(笑)。

――『湯けむり』も、シナリオ監修という感じのクレジットでしたね。

麻野 他には、たぶん全然ご存知ないと思いますが、フロム・ソフトウェアが出した『犬神家の一族』(DS用、2009年)にも、ちょっとだけ関わっているんです。

――あの墨絵のようなテイストの『犬神家』に、ですか。

麻野 あのときも、『湯けむり』と同じライターさんを紹介しました。ただ、それだけなので、若干関わっている、という程度ですね。

――実は、特にアドベンチャーを中心に、さまざまなゲームに関わられているということで、安心しました。

麻野 いやいや(笑)。

仮面の勇者

◆『仮面の勇者』が始まるまで

――ということで、今回の『仮面の勇者』は、久々に麻野さんが深くゲーム部分に関わった形でのリリースということになりましたね。

花屋 復帰作くらいの(笑)。

麻野 いや、一応いままでもちゃんと関わってますから(笑)。文芸と言っても、ゲームだとそんなに厳密に切り分けられるわけでもないので、それほど一部だけ、というイメージでもないんですよ。ただ、いまは開発に関わる人数が多いので、昔より分担してはいますね。

――確かに、かつてほど属人的な作り方ではなくなってきていますね。

麻野 そういう意味では、今回の『仮面の勇者』は相当に属人的な作りですよ。何しろ人数が少ないから。

花屋 この事務所のテーブルに座れる範囲内で作っていますからね。

――『仮面の勇者』に関しては、発表前から、麻野さんがTwitterで状況を刻々と漏らしていたのが非常に印象的だったんですよ。

麻野 大規模ではないので、ああいう宣伝でもしないと、と思ったのと、不思議なことに、今年の2〜3月にいきなりTwitterのフォロワーが増えたんですよ。急に万単位になったので、これを利用しない手はないと。あの時点ではタイトルも伏せた状態でしたけれどね。

――Xさん、Aさん、Zさんの話でしたからね(笑)。

麻野 iOSのリリースに合わせたつもりだったんですけれど、いろいろあって延びちゃったので、もうだいたいでいいかと(笑)。

――Twitterを紐解くと、「友人のゲーム会社社長Xさんに紹介された、ゲームを作りたいというAさんと出会って、企画が始まった」ということですが、このAさんというのが……?

麻野 花屋さんです。

花屋 僕なんですよ(笑)。僕がX社長こと小関さんという方(編注:小関昭彦。ダイスクリエイティブ代表取締役)に、ゲームを作りたいという話をしているときに、やっぱりシナリオだ、ということになって、「そういえば麻野さんがいるよ」と連絡を取ってくれたんです。ただ、大変申し訳無いことに、僕はそのとき麻野さんのことをまったく知らなくて(笑)。お会いした後にネットで調べて、すごい人だったんだ、と気づきました。

――第一印象はどうだったんですか?

花屋 麻野さんの名刺には、「ゲーム開発」とだけ書いてあるんです。ゲームを作る、というだけの名刺を作る姿に、カッコ良さを感じました。

麻野 肩書がないんですよ、実際(笑)。

花屋 最初のミーティングで、僕が「劣等感をゲームにしたい」とお話ししたときなんですが、ゲームでもシナリオでもない、テーマだけの話を延々とさせてもらったのに面白がってくれたので、いい人だな、と思いましたね。

麻野 あのとき、最初はなかなかミーティングの都合が合わなくてね。

花屋 でも、会って以降は二週間に一度来てくれることになったんです。

仮面の勇者

◆『仮面の勇者』に集う歴戦の開発者たち

――ずいぶんスパッと決まるものですね。

麻野 僕は基本的にそうで、まず断らないですね。フリーなので、断っていたら飯が食えない(笑)。

――Twitterでは、麻野さんは花屋さんのことを「アクセサリー屋さんだと思った」と書いていましたが、これは?

麻野 あ、それは嘘で、花屋さんというのが名前だと分からなくて、お店の花屋さんだと思ってたんですよ。

――フラワーショップの人だと思ってたんですか(笑)。

麻野 メールでも「花屋さんと会っていただきます」と紹介されて、なんで花屋の人と会うんだろうなと思ってました(笑)。僕の中でイメージができていて、たぶんものすごいお金持ちの花屋さんの人がいて、ゲーム好きで自分で作りたくなったんだろうなと。で、会ってみたらゲームの話も全然しないので、これは間違いないなと(笑)。ミーティングの終わり頃に、やっと花屋という名前なんだと分かりましたけれど。

――テーマの話しかしないし(笑)。

麻野 Twitterに花屋さんと書くとさすがに限定されて分かってしまうので、アクセサリー屋さんということにしたんですけれど、会うまでは完全に花屋の人だと思ってましたね。

花屋 また紹介してくださった社長さんの会社が植物をたくさん飾っているオフィスだったので、これの業者なんだろうなとみんなに思われてました(笑)。

――なんちゅう話ですか(笑)。

花屋 スパッと決まるという話だと、岩元さん(編注:岩元辰郎。『仮面の勇者』キャラクターデザイン。代表作:『逆転裁判』シリーズ)も、飲み会でたまたま隣になったときに、フリーで絵を描いている人だというので「時間があったらやってもらえますか?」と聞いたら、いいよ、と。「何描いてるんですか?」と聞くと「『逆転裁判』です」と言うので、えらくメジャーな人に会っちゃったなと思いました。

――岩元さんのキャスティングは花屋さんだったんですね。

花屋 そうです。その他の方は麻野さん経由が多いですが、おおむね麻野さんと僕で知り合いを集めて作り始めた、という感じです。

――今回は、ものすごい混成チームですよね。

花屋 ミーティングも相乗効果があって、岩元さんの絵を見て、納口さん(編注:納口龍司。『仮面の勇者』モンスター及び背景デザイン。代表作:『チュウリップ』)がさらに描いてくれて、折尾さん(編注:折尾一則。『仮面の勇者』企画サポート・迷宮マップ。代表作:『ドラゴンクエスト』『いただきストリート』)や麻野さんが「いいねーいいねー」と言ってくれて。うまく回った感じがありましたね。

――そういう混成チームで作ることは多いんですか?

麻野 僕らフリーだと、よくあります。

花屋 僕がいままでやってきたプロジェクトでは、基本的には開発会社さん単位でお渡しするので、個別に集めたのは僕自身だとこれだけです。

――今回はちょっと『七人の侍』のようなチーム感を感じます。

麻野 そこまでいいものかどうか……。あの映画も、最後は農民の勝利で終わりますしね(笑)。

仮面の勇者

 

 前編はここまで。後編では、『仮面の勇者』がどうやって作り上げられたか、歴戦の開発者たちの目指したものについて聞いた。
 作り手目線の踏み込んだ話、どうぞお楽しみに。

(2015年8月収録)

【後編:「『仮面の勇者』が目指した、スマートフォンに家庭用ゲームの味を持ち込むということ」はこちら】