【開発者インタビュー】『仮面の勇者』が目指した、スマートフォンに家庭用ゲームの味を持ち込むということ【『仮面の勇者』後編】

あなたは麻野一哉という人を知っているだろうか?
麻野氏は、チュンソフト(現スパイク・チュンソフト)在籍時に『弟切草』『かまいたちの夜』『街』などのサウンドノベルシリーズや、『不思議のダンジョン』シリーズといった、ゲーム史の転換点となる作品の礎を築いたゲーム開発者。2002年にフリーランスとなり、現在もゲーム開発に携わり続けている。
そんな麻野氏が久々に前面に立って作り上げた作品が、スマートフォン向けRPG『仮面の勇者』だ。そこで今回は、麻野一哉氏と、本作プロデューサーの花屋雅貴氏にインタビュー。麻野氏のゲーム作りと、『仮面の勇者』プロジェクトについての話を伺った。

 後編は、麻野氏がTwitterで明らかにした舞台裏を始め、『仮面の勇者』がどうやって作り上げられていったかについて聞いた。
 コンシューマゲーム開発の雄が集まると、スマートフォン向けRPGはこんな風になるのだ。

【前編:「あなたはゲーム開発者・麻野一哉を知っているか?」はこちら】

仮面の勇者
仮面の勇者

麻野一哉 (写真右)
ゲーム開発 『仮面の勇者』全体監修・シナリオ

花屋雅貴 (写真左)
株式会社コアゲームス 『仮面の勇者』プロデューサー

(敬称略)

◆『仮面の勇者』はテーマだけがあった

――麻野さんのTwitterの発言では、今回のゲームのインスパイア元をハッキリと明言しているのがユニークだなと思いました。『ゆけ!勇者』(xHachiApps)のビジュアル感であったり、『インカの黄金』(ボードゲーム、アラン・ムーン作)のゲーム感の面白さであったり、『Dungeon Raid』(Fireflame Games)のゲーム性であったり。これを言う人は滅多にいないと思うんですが。

麻野 見る人が見れば分かるし、逆にそういうことこそ、みんな知りたいかなと思ったので。

花屋 作り方の順番として、テーマだけが先にあって、ゲームの中身は何もなかったので、最初のモチーフとしていくつか挙げたという感じですね。僕としては、「劣等感」というテーマと、最後に言わせたいセリフだけがあって、それさえできればゲームは何でもいい、とお願いしたので、麻野さんが良ければどれでも、というところがありました(笑)。

麻野 最初のほうは「最後のシーンをどうしたいか」という話ばっかりでしたね。最初の頃はアニメーションを入れたいという話もあって、いま考えるととんでもない話なんですけど(笑)、そっちのほうから始めた企画ですから。ただ、それだと読み物にしかできないし、たぶん短いものになるので、どうしようかと。しかもその時点では、スマホアプリにするかコンシューマにするかも決まらず、下手をするとインディーズでもいい、と言っていましたからね。

――それもかなりムチャクチャな話ですよね(笑)。しかも麻野さんのTwitterによると、エロですらいい、という話だったと。

麻野 そう。コミケで売るんかな、という感じでしたね。

花屋 僕はもう、テーマが形にできれば、何でも良かったんです(笑)。

麻野 こんな仕事もあまりないので、ぜひやります、と。

――それが「ぜひやります」になるところが、麻野さんの面白いところですね(笑)。

麻野 いや、同じようなタイプの人間だったら、やるんじゃないですかね。知り合いにこの話をすると、たいていうらやましがられますから。そんなことができるなら絶対にやりたかった、と言われます。

花屋 自由でしたからね。

仮面の勇者

◆スマホゲームを変えた『Dungeon Raid』

麻野 昔、チュンソフトにいた頃は、結構そんな感じでしたよ。チュンで初のオリジナルゲームとして『弟切草』を作る前のアイデア会議のとき、タガがないんで、みんなムチャクチャなんですよ。その頃流行っていたのが『シムシティ』(1989年、マクシス SFC版は任天堂)と『ポピュラス』(1989年、エレクトロニック・アーツ SFC版はイマジニア)と『ドラゴンクエスト』(スクウェア・エニックス)だったので、みっつ合わせて『ドラシポ』ってゲームを作ろうと。アホみたいな話ですけど、街が育って、地形が変わって、でもドラクエ。できるかよと(笑)。
 毎日そんな話で進まないので、あるとき中村光一(チュンソフト創業社長、現スパイク・チュンソフト代表取締役会長)が僕を酒に誘って、その結果できたのが『弟切草』なんですよ。全部酒の席です。

――麻野さんのスタイルですね(笑)。

麻野 みんな僕に仕事を頼むとき、酒に誘うんで。

――戻りますと、そうしてインスパイア元を言ってしまえるのは、逆にオリジナリティに自信があるから、とも言えますね。

麻野 ゲーム自体は全然違いますからね。コピーだったら言えないか、リスペクトだと言い張るしかないでしょうけれど、今回はどっちにしても違うので。変わったゲームではあると思います。

花屋 変なゲームになりましたよね。

――もうひとつ驚くべきことは、Twitterで「プロトタイプを作ったら、これが面白くない」と堂々と言ってしまうことでした。

麻野 言いましたね。

花屋 僕も自分のブログに書きました。

麻野 いや、花屋さんは当時「これでも充分」って言ってたじゃないですか(笑)。

花屋 あれは、劣等感についての話はなんとかなりそうだったので、僕はそれでいいやと(笑)。

麻野 プロトタイプは、部屋に入ったら何かがあって、次の部屋に入って、というのを延々と繰り返すだけだったんですよ。ゲームは、こうしたらこうなるだろう、というのがうまく当たったり外れたりしないと前に進まないんですけれど、あまりにそれがなさすぎた。ちょっとこれはゲームにならんな、という危機感を抱いたので、前からやりたかった『Dungeon Raid』の指を滑らせる感覚を入れて、作りなおしました。

――それがいまのダンジョンのデザインになるわけですね。

麻野 あとで聞いたところでは、『パズル&ドラゴンズ』(ガンホー・オンライン・エンタテイメント)も、『Dungeon Raid』の影響を受けて研究したそうですね。だから、結果的にどういう形になるかは別として、『Dungeon Raid』は結構な影響を与えているんだな、と思いました。

――僕も『Dungeon Raid』はかなりプレイしましたが、スマートフォンゲームの初期において、タッチパネルではこう遊ばせるんだ、という道を示した部分がかなりありましたね。

花屋 革命的でしたよね。

麻野 昔のRPGで言う『ウィザードリィ』のような、“ならでは”の面白さがありました。

仮面の勇者
▲麻野氏も影響を受けたという名作『Dungeon Raid』。

◆「もう勝ったようなもんですわ」

――もうひとつ、これもTwitterに書かれていましたが、ゲームデザインの大枠を固めたところで麻野さんが言ったという「もう勝ったようなもんですわ」というのは素晴らしい言葉だと思いました(笑)。

花屋 勝利宣言(笑)。二回出ましたからね。

麻野 ゲームとして全体がぐるっと一周したのが見えたので、あとは細かいところを修正していけばいいな、と。もちろん、そう言ったほうが士気が上がるので、嘘でもいいから吹いとけ、というのもあります(笑)。負けたらまたそのときに何か言えばいいんですよ(笑)。

――とはいえ、プロットはあったものの、その時点ではシナリオは確定していなかったそうですね。

麻野 花屋さんが書きためていたものはあったけれど、シナリオはまだでしたね。

花屋 いまの『仮面の勇者』に「ひきこもりクエスト」というのがありますが、あれが軸になって、この話は必ず入れて、最後の話はこれで、というのだけは決まっていました。そこに行くようにどういう話にするかは後から決めよう、という感じでした。結局いろいろ変わりましたけれど。

――いくつかのクエストの間に挟まってくる「ひきこもりクエスト」が、実は『仮面の勇者』のシナリオのキーなんですね。

麻野 キーですね。

花屋 シナリオは二列並行の形で、三種の神器を集めて勇者になる話と、勇者が劣等感を克服していく話の二軸。僕が書きたいのは劣等感のほうだけなので(笑)、もうひとつのほうがどういう形でも良かったんです。クエスト数などを早めに決めたので、構造だけはすぐに決まりましたけれど、中身は何もなかったです。

――その構造の流れとして、『仮面の勇者』には明確なエンディングがありますよね。スマートフォンの基本無料型のゲームで、カッチリしたエンディングを作るのはかなり勇気がいることではないかと思うのですが。

花屋 スタートのところから書きたい話があって始めているので、終わらないことには終わらせられないんですよ。オチがつかない以上、終わらせればいいやというのがひとつ。
 もうひとつ、ビジネス的には総バジェットがあるわけですが、運用費までかけると、プロジェクト全部を回すお金が単純にないと思ったので、このプロジェクトは運営費はかけない、ある意味では作りきりの形にしよう、という予算的な問題もあってそうしました。

――逆に、それで売り切りアプリにしなかったのは?

花屋 300円や500円で出す話もなくはなかったですが、単純に基本無料のほうが多くの人がプレイしてくれるので。インディーズでも何でも少しでも広がるほうがいい、というところから始めているので、じゃあそこは無料がいいや、と。ビジネスから入っていないですね(笑)。

麻野 信じられないですよ。

――麻野さんは、スマートフォンの基本無料型アプリに関わるのは初めてになりますか?

麻野 一応『ドラゴンクエスト どこでもモンスターパレード』(スクウェア・エニックス)が最初になりますね。『仮面の勇者』が先に出るはずだったんだけれど、iOSが遅れて二週間くらい向こうが先になってしまったので(笑)。向こうのスタッフも「楽しみにしてますよ!」と言ってくれていたんだけど、延びてる間にE3に行っちゃうし、終いには先に出ちゃって。向こうは超大作だし大人気で、うれしいんですが、判官贔屓もあって複雑な気持ちです(笑)。

仮面の勇者
▲主人公アレックスの心の中に入る「ひきこもりクエスト」。

◆スマホなのにコンシューマ的な味

――さておき、『仮面の勇者』はゲームとしてはきちんとしていて、非常に誠実なゲームだと思ったんです。

麻野 そのつもりで作っています。ただ、懸念として、スタッフのほとんどがコンシューマ畑の人間なので、アプリならではの部分をどこまでできるか、ついつい足を引っ張っちゃわないかな、というのが逆にありました。

花屋 とはいえ、短い時間のシナリオを積み上げていくのがスマホのゲームの基本だと思うので、まずそういう形にしようと決めました。でも、ガチャでガンガン進めるゲームだと、シナリオがついていても、結局読まなくなっちゃうんですね。
 このゲームの場合、麻野さんがスクリプトを書いて、キャラ劇もちゃんと入って、ということで、やっぱりそこが面白い形になっています。テキストで表現される「伝話」のシーンも、ちゃんと読めて、状況がちゃんとセットされたうえでクエストに入れる。ゲームの感覚的に、スマホだけれどコンシューマ的な表現になったので、作りたかったものにはなったと思います。

――形としては、とてもゲームらしいゲーム、と言えると思います。

花屋 そう思っています。ミーティングで、麻野さんが「画面の見栄え的に、ふたりが別々のことをしているほうが面白い」と言ったとき、上画面で勇者が冒険している、下画面で先生が何かしているという構造が決まったんですが、コストを下げるために、最初は塔の中だけの話でした。でもチームが集まって、岩元さんの絵に、納口さんが平原や森の背景をつけてくれた瞬間に、これは塔の中じゃダメだ、と気がついたんです。

麻野 それだと、開放感がないんですよ。下はココロの中のシーンで、上も塔の中だと、ものすごく息苦しい(笑)。

花屋 外に出すと、今度はちゃんと冒険感が出てくるんですよ。なので、僕が考えていた劣等感の部分は中にありつつ、絵として引いて見るとゲームが動き始めたので、最終的にできたものはコンシューマRPGの雰囲気がありつつもスマホのゲーム、というところに落ち着いたと思っています。

麻野 最初は、上の部分も横スクロールじゃなくて、3D系のダンジョン風だったんですよ。それだと、どこを歩いてるか分からないし、移動感がまったくなくて。それがちょっとつまらなかったので、最終的にいまの形になったんです。

仮面の勇者
▲3Dモデルによる“キャラ劇”で、物語がポップに語られる。

――現状では事実上パッケージングされた状態で配信されているわけですが、先々にアップデートされる可能性はあるんでしょうか。

花屋 例えば対戦にして、自分の主人公アレックスが誰かのアレックスと戦ったら面白いかなとか、思いはいろいろあります。ただ僕は、いまはテーマを作り終わったのと、スマホでもコンシューマRPGのように物語が読めるものにできて、わりと結実したな、という思いがあるので、どちらかというと頑張って宣伝していきたいな、と思っています。

――そうすると、いまのスマートフォンのRPGの“終わらなさ”が好きになれない人には、むしろプレイしやすいゲームかもしれませんね。

花屋 ストアのレビューにもそう書いてくれる人がたくさんいるので、やって良かったな、と思っています。アプリの評価も充分にしてもらえていますし、あとは売るだけです。

――麻野さんとしては、満足感はいかがですか。

麻野 ありますね。久しぶりにイチからやった、というのもあるし。もちろん、もっとこうしたら良かった、というのは常にありますけれど、中身としては充分かな、と思っています。最後のほうは開発現場が汗をかいてくれたので、大変なのはそちらでした。

花屋 バランスを取るのは結構難しくて、5、10、20と集めたパネルの枚数によってブーストがかかるので、敵に会うまでにアイテムをどれだけ出すかで難易度が大きく変わってしまうんです。なので、個々の配置をちょっと変えるだけでゲームが変わるし、それにメリハリをつけたいとなると手がつけられないレベル。それを最後の最後まで開発会社さんとやりとりができたので、僕はいいな、という気持ちです。

――おふたりとも満足できるところまで作れたのは、幸せでもありますね。

花屋 そうですね。途中で諦める余地はいくらでもあったので(笑)。予算が決まっているけど、面白くなかったらダメ、中途半端でもダメ。このままじゃこれは出せないな……これはもう会社にお願いして追加の資金を出してもらうしかないな……というところで、会社が資金を出してくれたので何とかなりました(笑)。ひと通りレビューも出揃ったし、ストアの評価も温まっている状態なので、ようやく広告も打っていけるかな、というところですね。

――広めるに充分な状態まで来ているわけですね。

花屋 自信を持って広めて大丈夫だな、というのと、ビジネス的には運営費がかからず作り終わっているので、宣伝費だけで行けるんですよ。運営で大変なことになっていくことはないので、知名度が上がればいいな、と思っています。サーバ代などの固定費はかなり小さくできているので、いつまでもストアにおいておけて、誰かが遊んでくれれば、というアプリになれると思います。

――では、最後に麻野さんにお聞きしておきたいんですけれど、今後もちゃんとゲームを作ってくれるんでしょうか?

麻野 作ります(笑)。いくつか始まりかけているものがあるんですけれど、さっきも言ったようにポシャることも多いので、いまはまだ。ただ、『仮面の勇者』ほど属人性が強いものはなかなかないと思いますので、これが売れて『仮面の勇者2』とかができればいいなと。ぜひそうなるよう、伸びればいいなと願っています。

仮面の勇者

 

(2015年8月収録)

【前編:「あなたはゲーム開発者・麻野一哉を知っているか?」はこちら】