さて、今回は京都編である。大阪・京都にはちょいちょい出掛けていってるので、今回、書こうとしているのは、いつ京都に行ったときのことなのか自分も見失いかけたりしているが、ちゃんと日記で確認したので大丈夫。7月の第2週のことだった。このときは、別件の取材で京都造形芸術大学に行く用事があって、そのついでに珍ポータルを探してきたのだった。
もちろん、取材といえども旅に出るからには古本屋に行くし、レコードも掘るし、ラーメンだって食っちゃうし、なんならうまい酒も飲んでおきたい。安くない交通費を使ってはるばる西の方まで行くのだから、店の仕入れと取材をまとめてこなしてしまうのだ。ホントに端から見たら呑気でお気楽な商売だと思われるだろうね。実際、そのとおりです!
◆先生の像! 京都で先生の像と言えば……。
今回、京都では1泊2日の旅となる。火曜の午前に東海道新幹線で東京を出発し、昼前には京都駅に着いてしまった。今回、京都では現地にお住まいの推理作家、我孫子武丸さんに一夜の宿を貸りることになっている。
待ち合わせ場所に向かうため、京都駅から四条経由で嵐山本線に乗った。いやあ、路面電車はいいねえ。町中を蛇行しながらドコドコ走っていくのは気分がいい。
車中では、さっそくIngressを立ち上げてみた。が、なかなか表示されない。あちゃー。こんなタイミングで通信量制限に引っかかってしまったか! 京都までの新幹線の中で、ツイッターだのYoutubeだのを見すぎたためだ。毎月の通信データ量制限を超えてしまったようだ。
しかし、文句を言ってもはじまらない。ムキになるとストレスを溜めるだけなので、用のないときはなるべくスマホを使わず、珍ポータルがありそうなエリアに来たときだけ、ちょろっとスキャナーを立ち上げることしよう。
▲かろうじて見つけた「竹原富三先生之像」。
竹原富三先生というのは、京都理髪学校(現京都理容美容専修学校)の校長先生だ。ネットで調べても情報が少な過ぎてどんな方なのかわからないが、まあ、銅像になるぐらいだから立派な業績を残されたのだろう。ご覧の通りごく普通の銅像で、とりたてて珍ポータルといえるようなものではない。
けれど、これを見ているうちに、あることを思いついてしまった。
今回ぼくが取材をする京都造形芸術大学のすぐ近くには、京都大学もある。そして京都大学といえば、アレがあるじゃないか。
折田先生像とは、京都大学の創設に尽力された折田彦市先生の業績を称えるために建てられた銅像だ。これに京大の学生たちが落書きを施し、世間の注目を集めた。年々、落書きはエスカレートしていき、しまいには段ボールで作ったモアイ像をかぶせられるなど、折田先生だかなんだかわからないものになっていった。
いたずらに手を焼いた大学当局は、所定の場所から銅像を撤去し、図書館の地下へ移設した。しかし、学生たちの折田先生への愛は冷めることなく、いまでも銅像のあった場所にはハリボテで作った様々な扮装の折田先生像が置かれ続けているという。
これがポータルになってるんじゃないかと、ぼくは思ったわけだね。
で、結論から言ってしまうと、残念ながら折田先生の珍ポは見つからなかった。取材を終えたあとに大学の外周からキャンパス内部をサーチしてみたんだけど、どうにもそれらしいものがない。もしかしたら中に入っていけば見つかったのかもしれないけど、そこまでするほどの時間もなかった。いつかまた時間に余裕のあるときにリベンジしてみたいな。
話を戻そう。ぼくは路面電車に乗っているのだった。電車に揺られながら折田先生像のことを考えていると、ふいに奇妙なポータルが画面内に飛び込んできた。
▲女児向けアニメの「おジャ魔女どれみ達の像」である。
こちらで『おジャ魔女どれみ』を放映しているKBS京都が近くにあるから、そこの展示物かもしれない。5体(いや、よく見ると6体か)あるうちの、どの子がどれみちゃんなのか。真ん中か、それとも赤ん坊か、あるいは5体まとめてどれみちゃんという概念を形成しているのか……。ま、どうでもいいか。
さて、どれみちゃんぐらいで驚いてはいけない。次に発見したのはこんなおっかない顔したヤツだった。
▲怒りモードの「大魔神」である。
嵐山本線は太秦映画村のそばを通る。映画村のすぐ近くの商店街には、高さ約5メートルの大魔神が設置されているらしい。わざわざ下車して見にいかなくても、Ingressのおかげでこのように見物した気分になれるのだから、なんともありがたいことだ。
◆水没寸前! 河原の茶屋
某所で無事に我孫子さんと合流できた。会うのは2年ぶりぐらいか。一旦、ご自宅にお邪魔して荷物などを置かせてもらい、その後、食事に出掛ける。目的地は、嵐山の渡月橋をわたった先にある河原の茶屋だ。
本当は、橋を渡らずに対岸から自力でボートを漕いで茶屋まで向かえるのだが、あいにくこの日は大雨。さすがにボートは無理だ。いや、茶屋すらも営業してない可能性が高い。けれど、せっかく京都まで来たんだから、行くだけは行ってみる。
▲雨天休業でしたーーー!
ザンザン降り続ける雨で、店内は水浸しになっている。店内っつうか、河原を砂利で埋め立ててコンクリで固めただけの場所なので、ほぼ川と同化している。このときは単なる大雨だったのでこの程度で済んでいるが、先日の鬼怒川氾濫のようなことになったら、この茶屋はひとたまりもないな。
ひょっとして、河原の茶屋が珍ポータルになってやしないか? と画面を開いてみたのだが、……。
▲なんもねぇーーー。
はい、気持ちを切り替えて別の店を探す。適当に見つけた蕎麦屋で天ざる食って、銭湯を改造したという喫茶店でアイスコーシー飲んで、我孫子さんとは一旦ここで解散。ぼくは一人でレコード屋を目指す。
今回の京都での仕入れは、中古盤屋が「ホットライン」と「100000t アローントコ」、古本屋は「ブックオフ河原町オーパ店」といった3軒だけ。それぞれで収穫はあったが、なかでもうれしかったのは、外人がカタコトの日本語で歌っているレコード(最近そういうのを集めている)が3枚も手に入ったことだ。
▲ペギー・マーチ『可愛いマリア』、ニール・リード『ママに捧げる詩』、ヴィッキー『待ちくたびれた日曜日』
もうすでにひと仕事終えたような気持ちになっているが、本当の仕事はこれからが本番だ。タクシーで京都造形大学へ向かい、学内の某研究室を訪ねて取材させてもらう(内容はここでは割愛しますよ)。
取材を終えると、すでに外は日が暮れていた。
◆黒い汁をつまみにビールを楽しむ
今度こそ本当に仕事を終え、ふたたび我孫子さんと合流だ。煮込みの店とか串カツ屋とか、数軒ハシゴして楽しい京都の夜を過ごす。そうそう、移動の途中にこんないい鼻ポータルを見つけたよ!
▲ヤサカタクシーが寄贈した「右京警察署の無事故だるま」。なぜこんな鼻。
▲それから京都といったら「京都タワー」も欠かせない。
明けて翌朝。朝ごはんを食べていけと、気づかってくれる我孫子夫妻の手を振りほどくようにして、ぼくはひとり出発した。なぜかと言えば、朝イチで「新福菜館」の中華そばが食べたかったから! うかうかしてると行列できちゃうんだよね。
▲見てちょうだい、関西の汁とは思えないほどスープが真っ黒!
これが噂にきいた新福菜館の中華そば! スープは見た目ほどしょっぱくはない。麺は歯応えがあり、焼豚も味が染みていてうまい。何より京都名産の九条ネギがどっさりで、これがスープによく合う。うまいわー。このスープをつまみにビールが飲める。
ここは焼き飯もまた真っ黒で名物なんだけど、少食のぼくは中華そばとビールの小瓶で十分腹がふくれてしまう。焼き飯はまた今度ということで、珍麺をまたひとつ食べられたよろこびを抱いて帰路についたのだった。