【映画プロデューサー千葉善紀の“コレやってます!”】映画『HARDCORE』は、ゲーマーだからこそ分かる映画だった!

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映画『冷たい熱帯魚』『ヤッターマン』『片腕マシンガール』『凶悪』『極道大戦争』など、プロデューサーとして数々の話題作を手がけた鬼才・千葉善紀は、実は日本映画界有数のゲームファンだった!
家庭用ゲームを中心にプレイする千葉Pと、ゲーム雑談をしてみよう、というこのコーナー。あくまでもひとりのゲームファンとして、千葉Pが言いたい放題!

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千葉善紀
 日活株式会社 プロデューサー

(敬称略)

◆アイデアとGoProで映画が変わる時代

(前回より続き 映画『HARDCORE』トレーラーはこちらを参照)

――この映画『HARDCORE』は、ゲームがなければ思いつきもしなかった映画でしょうね。

千葉 まさにそうだと思います。

――高いところから飛び降りたりと、映画館の大画面で観たら気絶する人が出そうですよ(笑)。

千葉 僕もこの手の視点映画は苦手なんですけど、酔ってるヒマがないくらい、すごすぎた。
 次は逆に、この映画をゲームにする人が出てくると思いますよ。

――撮影の規模も、映画の画面からは読めないですね。

千葉 これはどうやって撮っているかというと、主に、頭にGoPro(編注:小型でハイクオリティな映像が撮れるウェアラブルカメラ)を二台つけて、全編GoProで撮影してるんですよ。メイキング映像もYoutubeにあります。
 こうなると、照明もカメラマンも要らない、面白いアイデアとGoProがあれば映画が作れる。すごい時代に突入したなと思います。

(メイキング映像)

――そうなると、映画の撮り方に対する考え方も完全に違いますね。

千葉 まったく違います。映画とかゲームとか、いろんな概念をブチ壊してる映画ですよ。
 カメラを付けたスタントマンを吊って、実際に車を走らせて撮っているわけですけれど、それでもどうやって撮ったか分からないシーンがあるくらいですよ。上映中も、最初は騒いでいた客が、あまりにもすごすぎて、最終的にはシーンとしてましたからね(笑)。

――『HARDCORE』には、『第9地区』(2009年の映画)のシャールト・コプリーが出演してるんですね。

千葉 けっこうな役者が出てるんですよ。でもインディーズで作った映画で、一夜にして監督がスターダムにのし上がるレジェンドが、今回のトロントで出た、というのは良かったですね。

――これから日本に上陸したときが楽しみですね。

千葉 ただ、日本でこの映画がどう受け止められるのか、不安でもあります。宣伝にもよるし、どうなるかなぁ、と。やっぱり、映画も買う人とのマッチングの問題がありますから。

――なるほど、逆に世界的に大きく話題になりすぎたことで、日本での扱いやすさも変わるでしょうし。

千葉 それと、暴力的なのは暴力的なので、下手をするとR18になってしまう可能性があるんです。なので、トロントで僕の周りのバイヤーもたくさん観たんだけど、日本だとちょっとキツい、と言っている人もいました。

――その辺は映倫にもよるでしょうし、微妙ですね。

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◆千葉P、興奮しすぎてライバルに大宣伝!

――この『HARDCORE』、千葉さんは買い付けをされたんですか?

千葉 僕も当然買い付けに参加したんですけれど、ワールドワイドで12億円で売れちゃったんですよ。アメリカ映画としてはそれほどの金額ではないんですが、ついこの間までKickstarterでお金を集めていた映画が、一夜にして10億円以上の値段がついたわけですからね。世界中のバイヤーが買いたいと手を挙げて追いかけたんですけれど、アメリカの配給会社が買って、日本の権利はそこからになると思います。

――トレーラーを観ていても、それだけの価値は感じますね。

千葉 このトレーラーに入っていない、後半に向けての要素はものすごいですよ。それに世界がビックリしたんですよ。監督はまだ30歳くらいで若いですしね。

――メイキングにチラッと映りますけど、俳優並みにイイ男ですね。

千葉 この『HARDCORE』がトロントで上映になった初回、僕は最初から目をつけていたので初日にチケットを取ったから観られたけど、人気があって結構入れない人が出たんですよ。で、いろいろな人から「千葉さん、あれどうなの?」と聞かれたときに、完全に興奮しちゃってたから「絶対に観たほうがいいよ! スゲーよ!」って、たくさんの人に力説しちゃったんです。それが日本のバイヤーの中に回っちゃって、二回目三回目の試写で日本のバイヤーがみんな観に行っちゃった(笑)。

――商売のライバル相手に、千葉さん、正直すぎます(笑)。

千葉 買い付けの競争相手を増やしちゃったので、日活の社員から「千葉さん、やめてくださいよ!」って怒られました(笑)。ちょっと反省。でも、そのくらいすごかったんです。

――自分の口に戸を立てられなくなるレベルで(笑)。

千葉 全然立てられなかった(笑)。昔、『マッドマックス』に出会った人もこうだったのかもしれないですね。
 と、僕は思っているけど、日本との温度差がある気もするんですよ。世界の映画人に比べて、日本はゲームを分かってる人が多くないから。なので、この『HARDCORE』の受け止め方も変わっちゃうかもしれないですね。

――ゲームへの理解度で、感覚が変わる映画なのかもしれないですね。

千葉 いかに『HARDCORE』がすごいかは、ゲームをやる人だからこそ分かるかもしれないです。日本のゲームクリエイターにも真っ先に観てもらって、感じて欲しい。それを一般の映画ファンにも広げていってもらいたいですね。

――この映画を観て、ゲームに興味を持ってもらえるといいですね。

千葉 そう。これを入り口に、例えば『ダイイングライト』をやってみようって人もいて欲しいし、『コール オブ デューティ』はこんな風で、と会話が盛り上がるだけでもいいじゃないですか。この映画の意義は、そういうところにあると思います。

――公開が楽しみですね。

千葉 この予告編はほんの一部で、とにかく驚愕の展開が待ってますから! 下手をすると『マトリックス』(1999年の映画)を生身でやってるくらいの衝撃がありますよ(笑)。

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◆トロントから生まれる新しい才能

――そういえば、千葉さんが持って行った、三池崇史監督の『極道大戦争』(2015年の映画)はどうだったんですか?『極道大戦争』公式サイト

千葉 トロント映画祭は観客賞しかなくて、ミッドナイト・マッドネス部門ではウチの『極道大戦争』と『HARDCORE』が同じ土俵で競ったんですけど、残念ながら受賞は逃しました。そりゃそうですよ、こんな映画見せられたらかなわないわ。

――日本でも報道がありましたが、トロントでの『極道大戦争』はものすごく盛り上がったらしいですね。

千葉 もう、すごかったですよ。「マスター」と呼ばれる三池崇史監督が登壇した瞬間に、みんな大歓声でスタンディング・オベーション。三池監督が15年ぶりにトロントに帰ってきた!というだけで、向こうではすごい話題でした(編注:前回の出品は2001年の『殺し屋1』。賞は逃したが、非常に高い評価を得た)。

――先日の「クリエイターをリスペクトする文化」の話にも通じますが、三池崇史監督は欧米ではジャンル映画のビッグネームですからね。

千葉 トロントでは「よくぞ来てくれました!」というくらいの歓迎でした(笑)。なので、実際の上映は『HARDCORE』より『極道大戦争』のほうが盛り上がりましたけど(笑)、歴史的な瞬間に立ち会った、とんでもないものを観た、若い才能が出た、という意味では、『HARDCORE』がすごかったです。
 トロント映画祭は新しい才能が発掘される場でもあって、『CUBE』(1997年の映画)のヴィンチェンゾ・ナタリや、三池監督も、一番最初のミッドナイト・マッドネスで『極道戦国史 不動』(1996年の映画)が上映されて伝説が始まった、という経緯もあります。今回はそれに並ぶ、若くてとんでもない才能が出てきた瞬間に僕も立ち会えて光栄でした。

――まさに時代の変わり目ですね。

千葉 実際のところ、値段が高くなりすぎちゃったので、僕は『HARDCORE』を買えないと思うんですけど(笑)、ゲームをプレイしている人、特に『コール オブ デューティ』あたりをやっている人には、ぜひ映画館で体験してみて欲しい作品です。公開は来年あたりになるかと思います。

――ゲーマーなら、これをデカい画面で観たら感じるものがありそうですね。

千葉 できれば4DXとかでやってほしいんですけどね。5000円くらいの価値があると思いますよ(笑)。

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◆POV映画の新作『サクラメント』

――そういえば、POV映画では、千葉さんが関わっている映画もあるじゃないですか。

千葉 なんだっけ?

――なんだっけじゃないですよ(笑)。コアなジャンル映画ファンにはおなじみのイーライ・ロスが製作した映画を公開するって話があったじゃないですか。

千葉 そうだった(笑)。『サクラメント 死の楽園』という映画です。昔、「ガイアナ人民寺院の悲劇」という事件があって、1000人近くの人が一度に自殺で亡くなった記録的な事件があったんです。

――1978年に、カルト教団のジム・ジョーンズ教祖が起こした事件ですね。

千葉 僕らの世代には、有名な事件です。子どもまで巻き込まれて、相当な量の人が一度に亡くなりました。これを、『ホステル』(2005年の映画)のイーライ・ロスがプロデューサーになって、脚本も書いて映画化しました。2014年のホラー映画ベストテンにも入ったんですよ。

――イーライ・ロスというと、近年では『グリーン・インフェルノ』(2013年の映画。日本公開2015年11月)の製作・監督・脚本ですね。

千葉 そう、食人族映画の『グリーン・インフェルノ』。『サクラメント 死の楽園』の監督はタイ・ウェストで、FPSではなく、POVのほうの映画です。
 妹が宗教に関わっちゃって、カメラを回しながら奪還に行くんだけど、どうも教団の様子がおかしい、ユートピア的なコミューンが実は……という、イーライ・ロス定番の映画スタイルです。

――ドキュメンタリー調の、POVらしいPOV映画ですね。タイ・ウェストも、『V/H/S シンドローム』(2013年の映画)などを手がけた若手ホラー作家で。

千葉 『HARDCORE』は主人公が観客自身ですけど、この映画のPOVスタイルは観客が集団の中に入り込んで、目撃者になる映画ですね。イーライ・ロスらしく、ただ怖いだけじゃなくて、ちゃんとエンターテイメントにもなっているので、ぜひ観ていただきたいです。

――こういうのも買い付けてるわけですね。

千葉 買い付けました。マーケットの試写で、観てたのが世界中で僕ひとりだった映画です(笑)。これこそが買い付けの醍醐味(笑)。

――ひとりでこれを観たんですか(笑)。

千葉 バイヤーの間でも「どうも宗教映画らしい」という話だったんで皆パスしてたんですけど、イーライ・ロスとタイ・ウェストだよね?と思って観たら、とんでもない映画でした。最初のほうは例によって何も起きないんだけど……ある事をきっかけにとんでもない事件が起きるという、いつものイーライ・ロス映画だった(笑)。

――ちゃんと裏があると。もし普通の宗教映画だったら、日本だと難しいですものね。

千葉 僕らの時代だと、「金曜スペシャル」という番組が東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放送していて、怖いドキュメンタリーとか、ときどきエロいドキュメンタリーとかをやってた、いわゆる「怖いもの見たさ」。

――そんな『サクラメント 死の楽園』は、11月28日公開ですね。

千葉 POV映画でも新しいものが次々出てくるし、『HARDCORE』のようにGoProとアイデアで作られたまったく新しいものもあるしで、ちょっと新しい流れが生まれているタイミングですね。インディーとメジャーの境はもうないのかもしれないです。

――今回は映画とゲームの関係について、かなり濃い話をいただきましたが、実はゲーム版『マッドマックス』もお持ちいただいていたので、その話をしようかと思ったんですけど……。

千葉 『マッドマックス』は、もうちょいやり込んでからお話ししたいので、また次回に!

 

映画『サクラメント 死の楽園』オフィシャルサイト
http://sacrament-death.jp/

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(2015年10月収録)